カオスから薄明へ

入院生活のサマリー(1):12月5日〜12月30日: 混乱と錯綜


12月5日入院。神経科病棟の日常については以前に同じ病棟に入院しておられた 知人から聞いていたので、ある程度理解、そして覚悟していた。

薬は食後必ず廊下に並んで看護婦さんにもらって目の前で服用する。午前 と午後には曜日ごとにレクリエーションなどがあって、一種の形式ばらない集 団療法のようなものがある。好きな時に卓球やマージャン、カルタなどをやっ てよい。エレクトーンもある。昼間はパジャマではなく私服に着替える。

薬の件は、自分できちんと服用できない人がいるための措置だと思うが、 別に抵抗はなかった。ただ、入院初期は対人恐怖が強く、ひたすら部屋に閉じ こもり、食事や薬をもらいに行くのが怖かった。

日がな一日マージャン、ジョギング、卓球、カルタなどをやっている人た ちを見て、「いったいこの人たちは、どこが悪いのだろう?」と思うが、どう もそれぞれの事情があるらしい。

残念ながら、いずれのレクリエーションにも、看護婦さんが熱心にお誘い 下さったにもかかわらず参加できないまま一か月が過ぎた。

入院した時の最初の感想は、「ほっとした」。

すでに頭が完全に混乱し、判断力があやしくなっていたので、自分を取り 囲む一切の環境、すなわち職場や家庭から隔離されて、孤独を感じるというよ り、庇護されているという感蝕を得る。家にいても、職場からメールは来る。 おまけに職場は家から徒歩10分の距離である。人里離れた寂しい病院の、それ も本館からさらに長い渡り廊下を渡ったところにある病棟で、ある種の安堵感 を得たのである。

しかし、その安堵感も束の間、激しい自己嫌悪に陥る。ある仕事をうまく マネッジできなかったことが私自身をぺしゃんこにしてしまった。その上、私 がそうなるまで助けられなかった周囲の人々に対する苛立ちで煮えくりかえる。

夜は大量の睡眠薬をもらっているにもかかわらず、ほとんど眠れず、毎晩1 回か2回頓復の睡眠薬を追加してもらう。昼間は睡眠薬のハングオーバーと抗 鬱剤や抗不安剤の作用でぼんやりしている。新聞を読んでも理解できない。ニュー スを聞いても、何も覚えていない。いや、天気予報だけは覚えていた。何しろ 夜10時半頃から午前6時45分まで部屋の暖房が止まるのである。恐ろしい寒さ が夜中にやって来る。そのため、天気予報だけはよく聞いて、予想最低気温に あわせて武装したのだった。

大学のほうの各種手続き(休暇申請、授業を代講して下さる先生への引き継 ぎなど)のため、週末に外泊するが、外泊して家にいると、かえって不安が募 る。逃げるように病院へ戻る。

入院予定は当初の「一週間」から「60日」に変更になり、病名も「自律神 経失調症」から「うつ病」へ。

入院してようやく落ちつきはじめた頃、具体的には3週間目に入った頃に、 「心理テスト」を受けることになった。ロールシャッハテストに始まり、アン ケート用紙によるテスト、図形を模写する作業、それから、与えられたイメー ジに対応する絵を描くというテストである。まずまず、こなせた。

が、その日の午後から、それ迄に経験したことのないほど激しい鬱症状に 見舞われてしまう。強い偏頭痛がして、発熱し、下痢を繰り返し、気も狂わん ばかりである。ムンクの「叫び」が脳裏に焼きついたままチラチラする。どう やらロールシャッハテストに原因がありそうだ。

私は教育心理学などを大学で受講したのでロールシャッハテストについて はある程度知っていたのだが、どういうわけか、やっている途中で非常に気分 が悪くなってしまった。ただのインクのしみをシンメトリックに配置したもの にすぎない絵に対して、それが何に見えるか、詳しく説明しなくてはならない。

絵からイメージを得ることも、説明することもできるのだが、ものすごく 不快感をおぼえてしまう。つまり、もともとランダムにかかれた意味の固定し ない形象に論理的に説明を付加するということなど不可能である。しかし、私 はどうしても論理に拘る。たとえばある絵がカエルの姿に見えるとする。しか し、それを説明しようとすると、「脚」の部分が欠けていることに気づく。そ して苛立つ。

バカ正直に問題と取り組み、ムキになって論理的整合性を作ろうとすれば するほど頭が混乱して行く。今、考えれば、なぜあのように「説明し切ること」 に拘ったのか不思議である。

主治医が夜に来室した時にこの話をした。結果的に言えば、この手のテス トは疲れるそうだ。そしてその後に鬱状態が悪化するということは、まだ私の 精神がそれだけしか回復していない、ということなのだ、と告げられる。ちな みに、精神科的に見て、「異常」と判断するのは、すべての絵(全部で10枚)を 見て、ことごとく「それはインキです」とか「ぜんぶ顔です」というような逸 脱した答を出す患者の場合だそうだ。

1997年は、精神が疲弊し、肉体も最悪の状態まで衰弱したまま暮れて行っ たのである。


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$Id: hosp1.html,v 1.1 1999/01/02 13:18:57 malte Exp malte $

Author: Kyoko Rikitake <malte@k2r.org>
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