が、ここに至ってまたトラブルに遭遇する。どうも目のピントがあわない。 目がかすむ。光がまぶしくて、とても昼間にブラインドを上げておくことがで きない。さらに、脚が痙攣するようになった。夜中にふくらはぎのあたりに強 烈な痙攣がして、あまりの痛さに飛びおきることが続いた。こむらがえりも毎日 のように起きた。正座するのも辛い状態の時もあった。
どうもこれは抗鬱剤の副作用らしい。目のほうは、年齢による老化 現象もあったと思われるが、かなりの散瞳現象が起きていたようだ。本を読む にも従来の眼鏡では読めないので、裸眼で目から5センチぐらいの距離で活字を 読む。何ともうっとうしいことになってしまった。目のほうは後に少し良くなっ た、というより慣れてしまったが、脚のほうはどうしようもないので、痙攣を 予防するための薬を眠前に服用することになった。
さて、誰しもちょっと魔がさす時というものがあると思う。私も入院生活が2 か月を過ぎて、少々病院の生活に食傷ぎみであった。もっとも、家に帰るのはもっ と不安が大きいので退院はしたくなかったが。
病院では夜なかなか眠れないのと、夜中に暖房が切れるので、明け方ひど いくしゃみと咳に悩まされ、すでにひいていた風邪がどうしても治らず、悪 化する一方だったので、「風邪の治療のため」と称して、無理矢理外泊してし まった。(後で考えると病院に対するすごい侮辱だった。ああ、すみません、 病棟の医療スタッフの方々。)本当なら主治医の許可を得て前日までに事務で 手続きをしなければならないところを、2月10日(火)、夫がちょうど外来受診 に来たので、その夫に連れて帰ってもらいたいと主張して、トンズラしてしまっ たのである。これは、ルール違反。企てていたのは、週末とあわせて、火曜か ら日曜まで外泊することだった。
しかし、これは悲惨かつ最も情ない形で頓挫する。
10日に帰宅してひと休みしていたら、何だかひどく気分が悪くなり、熱を はかるとすでに38度。ひゃ〜、インフルエンザだ。さあ、熱がでたらボルタレ ン! しかも強い坐薬だ。しかし坐薬を入れてもほんの数時間しか熱が下がら ない。結局1日半の間に6回も坐薬を入れてしまう。
外泊した場合、毎日必ずナースステーションに本人が直接電話を入れて情 況を報告しなくてはならない。鉄の決まり。
仕方がないので翌日ナースステーションに電話を入れて、正直に発熱した ので6回もボルタレン坐薬を使ったことを告げる。そして治るまでしばらく家 に居てもいいかと聞く。
Alas! その次の瞬間、電話機はナースから主治医に渡された。まず坐薬を 6回も使ったことを叱られる。(後に看護婦さんからも、腸に潰瘍ができてしま いますよ、と怒られた。)そして、まだ家に居たがる私に対し、K. 先生は、
「病気なんだから、病院にすぐ戻って来なさい」
と仰る。いや、ホント、そうですよね、病気だったら病院に戻るのは当然 です。
それから2日間は昼間は39度を越える発熱で食事も摂れない状態。夜通し 38度3分の熱だったのでナースコールをしたら、「坐薬は、38度5分以上の時と いう指定になってますから、まだダメ。」と言われ、氷枕とアイスノンを両方 もらってウンウンうなっていました。点滴は食事が摂れなかった時に2度行な われたのみ。
まあ、そういうわけで不純な動機で脱走をはかったバチがあたったのか、 一週間ほどとても辛い目にあいました。
私はインフルエンザの時に限らず、とにかく一時抑えの薬を欲しがった。 頭痛がするから、ボルタレン下さい、偏頭痛がするからカフェルゴット下さい、 腹痛がするからブスコパン下さい、という調子。
このことに関して、主治医からたんまりとお説教されることになった。
インフルエンザの熱で頭が痛くてたまらないから何とかして、と言っても、
「それは病気の過程上のものだから、無理矢理押さえつけず、じっと耐え ることも必要です。無理に熱を下げるのもよくない。ただ、合併症を起こした りして別の病気を引き起こしそうな時には抗生剤など必要な薬を使う必要はあ ります。」
という意味のことを言われる。そもそも我々生き物には「自然治癒能力」 というものが備わっている。ほうっておけば、免疫力が自主的に起動して、病 気と闘ってくれるのに、わざわざ薬でそれを妨害してしまうのは愚かだ。熱は ウイルスが繁殖できないようにするために出るもの。だから、必ずしも薬で無 理に下げないほうがいい。病院にいるんだから、状態はちゃんと観察している。 だから、ちょっとは我慢しないといけません、というふうにお説教されてしまっ た。事実、過去においても私は自分で自分の自然治癒能力を弱めることばかり していたのだ。薬に依存していたことを反省する。
当時の私は完全に「自然治癒能力」を失っていたので、以後体力をつけ、 自然治癒力をつけるプログラムが自宅療養において組まれることになる。(そ れについてはまた別に記します。)
流感からほぼ完全に回復するのに2週間かかった。その間は散歩もできない し、長電話もできなかったので、ベットでじっと考え事をすることが多かった。
考えたことのひとつが、「正気と狂気」ということ。
神経科病棟にいると、外見は本当に健常者なのに、どこかタガがはずれて いる人というのを見かける。しかし彼らをよく観察してみると、すべてがおか しいのではなく、単にある特定のことにおいてのみ脳の機能が欠落ないし低下 しているに過ぎない。(たとえば自分の部屋を覚えられない、トイレに行くの も誰かにつきそってもらわないと行けないし帰れない、など。他の言動は別に おかしくも何ともない人が、である。)そういうケースをいくつか見ている と他人事に思えなくなって来る。
ひょっとすると私もいつかは何かのきっかけで、あるいは加齢ゆえに、もはや 精神的に「健常者」とは言えないような状態になる可能性があるのではないか。
そう思うと非常に不安になって来た。そしてまた主治医を拘束(?)して質問する。
「人間の脳の働きはごくごくわずかなことで激変する。正気と狂気はまさ に紙一重で、狂気はひょっとすると正気の長い延長線のどこかにあるかもしれ ない。自分(先生ご自身)だって狂気のほうに精神が傾くかも知れぬと思うこと がある。」
かなりショッキングなお答えでしたが、なるほどと思いました。狂気と正 気なんてものを対立概念として考えること自身無理なんですね。
当時のノートから引用すると:
【神経科病棟で学びつつあること】
人は加齢とともに記憶力が衰え、いろんな意味でのパフォーマンスが下がる。 また社会的地位が上るにしたがい、ストレスも増える。ストレスがある限界に 達っするとキレる。
また、加齢にともなう様々な心身の障害があらわれる。この病棟にいるよ うな一部の健常者には見えない人というのは、ひょっとすると未来の我が身の 姿かもしれない。
私はふだん死ということについてはしばしば思いをめぐらせて来たが、そのひ とつ手前の段階には目をつぶっていた。
私は今自分のうつ病による能力の低下に悩んでいる。むちろん治療でかな りの力が回復すると信じているが、しかし、たとえうつは回復しても、ほんの 少しずつ彼らの世界に近づいてゆくのかもしれない。我々はそれを受けいれな くてはならない。死は不可避だから受容もできるが、精神機能の低下はどうし ても受けいれたくないものだ。今私はこの病棟で、歳をとることのネガティブ な側面を受け入れ、正気でなくなることを覚悟することを学んでいるように思 う。
この時期は、対人恐怖や原因不明の不安が後退し、鬱がやや回復しつ つあるように見えたのだが、逆に体のほうがあれこれトラブルを起こし、結局 またほとんどベットの上で生活することになってしまった。鬱病を早く治すには、 とにかく外に出て体を動かすことが必要なのだが、そのための散歩にも出られ なくなった。
流感からようやく回復しつつあった2月24日、朝起きてみると頭に「たんこ ぶ」みたいなものができている。手に傷があり、血のりが残っている。ベット の周囲にものが散乱している。ナイトテーブルの上のものが吹っとんでいる。 布団カバーにも血がついている。一体何が起きたのだろう?
しばらく考えているうちに、ぼんやりとながら夜中のことを思いだした。 何やらものすごく苦しくて暴れまわったような記憶がほんのりと残っている。 そういえば頭をテーブルにぶつけたような気がする。何しろ普通の人なら2日 ぐらい眠り続けそうな量の睡眠薬を服用している上、他にも睡眠薬と相乗効果 のある薬(抗痙攣剤、抗アレルギー剤)ものんでいるのだから、夜中の記憶がはっ きりしない。診察してもらった結果、2週間服用し続けた風邪薬を急にその日 に中止したので、一種のリバウンド症状が出たのではないかとのことだった。
よく睡眠薬を急にやめると、リバウンド症状といって、逆に不眠がひどく なることがある。特に血中濃度がピークに達する時間の短い睡眠導入薬で起き るとのことだ。風邪薬にもその手の依存性があったのかもしれない。とにかく、 薬はこわいなあ、と痛感した一日であった。やっぱり自然治癒力でもって体の 不調を治すのがベストだと痛感。後に、アンドリュー・ワイル博士の「癒す心、 治す力」(角川文庫)、原題 "Spontaneous Healing" という本を読み、何でも 薬、というのがいかに有害であるか知ってぞっとした。(この本についても後 ほど「雑記」で紹介します。)それで、リバウンドのほうだが、その日以降は 無事暴れることなく眠れた。
が、また翌朝大トラブル。胃と背中に激痛が走り、七転八倒。ついにベッ トで寝返りも打てないほど痛みが熾烈になったので、ナースコール。外来診察 の真最中であった主治医がすっとんで来て診察してくださった。すぐに血液検 査。そして血中のアミラーゼ値が異常に高いことがわかり、ひょっとすると 「膵臓炎」かもしれないとの疑いがかかり、絶食、点滴。翌朝もアミラーゼ値 は高かったが、まず膵炎ではないだろうということで、昼食からまた平常の食 事に戻った。念のため内科を受診することになったが、内科の検査予約が混ん でいて、膵炎かどうかを調べる検査が全部終るのは4月2日(!!!)ということ。 もうこうなると痛みさえなければ、勝手に膵臓は大丈夫だと考えて生活するし かない。
かくして1998年2月は、ひどく不調のまま過ぎて行った。しかし、ベットの 上で考えたり、学んだことは充分に多かったと思う。
Author: Kyoko Rikitake
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