Rekonvaleszenz 自宅療養記

1998年4月: 海外滞在から帰国したような心境 / 何をしていいかわからない / 自立できない!


待望の退院より3日。早くも外来受診である。主治医の Dr. K. に、
まるで長い海外滞在から帰国した時のような気分です。
と語る。実際、何もかも病院の生活と異る。朝は誰も起こしてくれないし、食 事も出ない。部屋の掃除も自分でするしかない。おまけに生活時間が大幅に朝 型にシフトしているので、家に帰ると一種の時差ボケ状態。。(さすがに夫を6 時半に起こして、「朝食にしよう!」と言うわけに行かないので。)

『入院は緊急手段、本当の治療は退院してから』

とずっと言われていたので、今ここで生活ペースを昔のように乱してしま うと、4か月半も病院で療養した時間と費用と、それに何より主治医はじめ多 くの医療スタッフにかけていただいた手間ひまと心配が全く水の泡と化す。と にかく規則正しい「おてんと様」に同期した生活を心がけなくてはならない。

が、現実はとても厳しい。

朝は睡眠薬のハングオーバーと無気力の両方で起きられない。散歩などを して体をよく動かすようにと指導されているが、朝食をとるともう30分もしな いうちにまた布団でスースーやっている始末。午後になっても眠くてウトウト。 病院なら、しょっちゅう看護婦さんが見まわりに来るので、寝てばかりいるわ けには行かなかったが、家では誰にも監視されていない。

無理矢理目をこじあけて起きていても、体はだるいし、気力はないし、と ても何かする気になれない。家事をはじめ、やることは山積みだが、何をやっ ていいかわからない。

で、一応退院したことだし、4か月以上も職場に迷惑をかけているので、4 月16日の教室会議にひと言挨拶に行こうと思う。

しかし、教室まで出て行くことを考えると、何やら恐しい不安が襲ってき て、抗不安剤の強力な頓服を使わざるを得なくなってしまった。そこで、話は 最初の外来受診に戻るが、主治医に相談してみる。

答えは、やっと退院に漕ぎつけただけで、まだ「回復」していないのに 職場に顔を出すなんて無茶だ、との由。

ああ、そうか、「回復」でも「本復」でもないんだ。これからが本当の治 療なんだ。

というわけで、教室への挨拶は主任に電話でよろしく、と伝え、かわりに 「退院祝い」としてちょっと飲みものやつまみを酒屋さんに届けてもらう。

実生活では、またしても足のひどい痙攣に悩まされるし、寝てばかりいて、 全然自立した療養生活ができない。ひどく焦ってしまう。

その上、この時期、入院記にも書いたが、祖 母が胸椎骨折で入院しており、その世話をする必要があった。祖母の主治医の 話をきいたり、検査結果をきくのは私の役目である。(母は、あまりこういう ことが得意ではないから。)

祖母の見舞いは非常に疲れるものだった。10人部屋なので、周囲にも気を 使ってしまう。実際、見舞いに行って祖母のベットの側で疲れてしゃがみこん で30分ぐらい過ごしたこともある。

結局、4月はひどい不眠と祖母の見舞い疲れと季節の変化(急に夏のような 日が続いた)とでひいた風邪で、全く予定していた自宅療養はできないまま過 ぎて行った。

ただひとつだけ救いがあったのは、私の入院に伴い精神状態がひどく悪く なっていた夫が、2年以上かけて執筆した本(「プロフェッショナル・インター ネット」、オーム社(「オウム」ではありません!)が完成し、本が日の目 をみたことであった。入院中もこの本のことで二人でいろいろ話をしたのだっ た。


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Author: Kyoko Rikitake <malte@k2r.org>
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