Rekonvaleszenz 自宅療養記

1998年11月: 体調は悪いが、テンションはハイ / 心が外界へ向きはじめる / 祖母を老人保健施設から引きとる / 最善の最期とは? / フラッシュバック


体調は悪いが、テンションはハイ

自宅療養の記録をざっと見ると、1998年10月頃までは、自分の内面の葛藤 と、家族をめぐるトラブルが主な記述内容であることがわかる。まだ、外界 (世間一般)に対する関心が希薄なのである。

しかし、11月頃から外界への関心が急速に強まって来る。ひとつには祖母 を施設から引き取り、また、先月退院した母の状態もかなり落ちつき、家族を めぐって連日東奔西走する必要がなくなったことがその理由として考えられる。

一方、いよいよ「社会人として復帰したい」という意志が強固になり行く 過程に突入したようである。

体調は風邪をひいたり、喉をつぶしたり、かなりローだったのだが、精神 的にはハイテンションであった。

しかし、鬱病の人間に「ハイテンション」は危険である。あとで必ずローに なるし、その時は普段の数倍疲れてしまって鬱がひどくなる可能性があるから だ。

体調とは裏腹に精神が張りつめているのは、ひょっとして精神のバランス が全く逆方向に振れて躁病になったのではないかと心配になったので、主治医 に相談してみる。

可能性なきにしもあらず、だったが、早朝覚醒して、一日活動しまわって もも少しも疲れない、などという躁病の特徴が全くでていないので、まあ、心 配ないでしょうとのことだった。

この時期を特徴づけるのは、最初にも触れた、外界への関心の高まりである。

新しく成立したドイツのシュレーダー政権の様子を見たり、モニカ・ルイ ンスキーの電話盗聴テープの全内容がアメリカのサイトで公開されているのを ダウンロードしたものを聞いてみたり、中国の江沢民主席の来日会談にひどく 興味をもったり、けっこう自分自身の病気以外のことに関心が広がって行った。 その一助となったのが、インターネットラジオだ。

古いウインドウズマシンを出してきて、ラジオ専用に使うようになってか ら、いろいろと楽しめるようになった。いや、このマシンはずっと以前からあっ たのだから、いつでも使えたのであるが、この時期に至るまで、どうしても外 の世界に対する関心が茅生えなかったのだ。

皮肉なことに Winodws マシンのネットワークがうまく機能しなくて、職場 ではストレスをためすぎて、倒れる一因となったのに、今や Windows はラジ オとして家では大活用しているのである。ま、ものには「適切な」使いかたと 「不適切な(無理な)」使いかたがあると言えよう。

不安発作で倒れて以来約1年が経過し、4か月半の入院後、それなりに波は あったが、ようやく「ひどい鬱」からは徐々に遠のいて行ったように思う。

まだまだ完治にはほど遠く、体力の低下、精神能力の低さはどうしようも ない。が、マクロな視点でみれば、大変大きな進歩があったと思う。ただ、自 宅療養半年では残念ながらここまでの回復は達成できなかった。もし10月に復 職していたら、きっとこの頃あたりにまた入院していたと思う。

一年たってはじめて、ちょっと精神の体力というか、鬱に陥る閾値に変 化が生じたように思う。要するに精神的にだいぶタフになったのだ。

しかし、本当に回復の速度は遅い。気が遠くなるほどの遅さだ。考え事を すると眠れないし、書き物も夜にすると不眠またはひどい頭痛の原因になる。

そこで、ゆっくりでもいいから、少しずつ体力と知力が回復するよう、課 題を自らに科す。

【3つの課題】

  1. 散歩。昼間の暖い間に。雨の日は散歩はあきらめてダンベルを持って遊ぶか ストレッチ体操。ちなみに夫はひどく体がカタくてストレッチがまともにでき ない。夫にもやらせよう。
  2. 外国語の学習。主としてドイツ語。最近ドイツで発行された教科書類 には斬新なものが多くなっている。学習者としての立場というよりどちらかと いえば教師の立場からこれらについて意見を述べたい。さらにインターネット ラジオなどから題材を得てコメントなどをする。あらたにオープン予定の公開 ホームページでは、外国語系をメインのコンテンツにしたい。
  3. 音楽。外出する日は無理だが、一日30分でもピアノに触れる。

これくらいならできるだろうと思ったが、実際には通院、家事、買物もや らないといけないので、決してヒマというわけではなく、60%ぐらい実行でき れば良いほうであった。なお、この課題は今日(1999年4月現在)も続けている。 しょっちゅう挫折しながらであるが、それについてはまた別の折に記す。

祖母を老人保健施設から引き取る / 最善の最期とは?

4月に胸椎を骨折して以来、川西の病院に入院していた祖母だが、7月の退 院後は、リハビリをかねて隣接する老人保健施設に入所させていただいていた。

けっこう痴呆状態が出たり、特定の入所者とトラブルを起こしたりして、 施設には非常に迷惑をかけてしまったが、まだ自分で動くことが可能なので、 何もかもやってもらえる施設にお願いしっぱなしでは、甘えが生じると考え、 家に引きとることにした。

が、やはりこれはなかなか祖母自身にとっても、同居する母にとっても、 そして私や夫にとっても大変な負担になった。

一番困ったのは、食事を全くといっていいほど摂らなくなったことだ。こ れには参った。栄養を自分で取れないなら、入院させて、人工的に栄養を与え るしかない。しかしこの歳(86歳)で、栄養補給の点滴に依存してしまうと、も う体は自分で栄養を取ろうとしなくなるらしい。つまり、最期へむかってまっ しぐらということだ。

まだ、完全に痴呆化していないし、俳句など老人保健施設で覚えたものに 夢中になっている姿を見ていると、このまま死なせたくはない。

いつかは来る「その時」に心の準備はしているが、やはり考えれば考える ほど切なく、気持が落ちこむ。不安感が強く、久しぶりに抗不安剤をしばらく飲みまくった。

本人が入院をいやがっているので、家に居させて、もうこのまま弱って行 くのを見ておくのが良い最後なのか、それとも入院させて延命の結果枯れてゆ くのを見守るのがいい終りかたなのか、私には答がわからない。

とにかく「何が最善の死であるか」、「どうすれば本人にも家族にも悔い のない最期を迎えることができるか」ということに悩み、考えこんだ。

(なお、この摂食障害は、私の神経科の主治医に相談し、祖母用の薬を増 やしていただくことにより、解決した。)

フラッシュバック

11月27日のことだ。

夕食後、どこかが悪いという感じはないのに、ドキドキ、バクバクしてひ どい焦燥感がいきなり襲って来た。苦しくてたまらない。何なんだ、これ? そ ういえば前夜は全く眠れなかったし、異常に気分が悪いほうに昂ぶっている。だ んだん焦燥感がひどくなり、不安発作の様相を呈したので、頓服薬を服用。そ れでも、なかなか落ちつかず、七転八倒。

せっかく鬱の閾値があがってきて、調子が回復しつつあったのに、何とい うことだろう。

後で考えてみれば、この日は、私が決定的に精神を崩壊させることになる 事件が起きたちょうど一周年の日だったのだ。自分では考えていないつもりで も、さまざまな苦しみや、矛盾(職場の制度と実務上の立場の相容れない事情 に苦悶したことなど)を思い起してしまったのであった。そして、またそうい う職場に戻れるのであろうかという不安でいっぺんに落ちこんでしまったので あった。

ちょっとしたフラッシュバックが躓きとなって、またしても気分は鬱な方 向に落ちてゆく。


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Author: Kyoko Rikitake <malte@k2r.org>
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