自立をめざして [10-Jan-2002]


最近、うつ病時代に比べて、頭の回転が少し速くなっているとに気づいた。

うつ病のはじまりと推定される1995年頃からドイツ語を話す能力が鈍くなって いることに私は気づいていた。宴会など日本人でのんだり挨拶をしたりする時 にいつも外国人教師の人の横に陣どって、適当に同時通訳の抜粋(!)をやって いたのだが、どうもその頃から通訳が億劫になって来たのである。

それだけではない。論文がなぜか書けなくなった。題材や資料を集め、いつでも 文章にできる段階まで来ているのに書けない。どうしても書けないのであった。 考えようとすると脳の中心に綿の塊みたいなものがいっぱい詰っていて、そこで 思考がくもの巣にからめ取られるように膠着して綿の中に引きこまれるという 感じがした。

会議でも「あさっての方向」のことを発言していたように思う。そして だんだん体力が落ちはじめ、ほとんど一年中病気の状態になってしまった。 その時に精神科か神経科を受診していればよかったのだが、私はためらって しまった。1997年秋カナダ出張から帰国した際に完全に自律神経が崩壊する まで放置していたのである。

とにかく思うように仕事ができないし、与えられた課題も片付けられない し、授業に力が入らなかった。家事にいたっては最悪で、今で言う「片付け られない女」になっていた。しかしこれはひたすら私の怠慢のせいだと自分を 責めた。

そうしているうちに「私なんていないほうがいいんじゃないだろうか?」 という思いにさいなまわれるようになった。まあ自殺を企てなかっただけ ラッキーだと思っているが。

3年余りの療養期間に体力は少しづつ取り戻し、今では水泳を楽しむまでになって いるが、脳の機能がなかなか回復せず、まとまった文章が書けなかったり、思考が 散慢になったりして復職するには大きな不安があった。

復職してちょうど一年になるが、はじめの頃はやはり頭が回転せず、文章 を書くのも苦痛であった。話をするのもあまり得意でなく、知人や友人たちか らの電話には出たくなかった。口がまわらないというか、お得意のギャクが全 然出なかったのである。(このコーナーをお読みになっただけではわからない と思いますが、私はほんまもんの関西人アホギャクをしょっちゅうカマすんで す。あとブラックユーモアが好き。))また人の話を延々と聞かされるのも苦痛 だった。前期試験の採点にもかなり苦労した。(点数の足し算をちょくちょく 間違えるので!)

それがほんの最近になって、意欲的に考えたり交渉したりする力が回復し てきたのである。ヘボ論文も一本とにかく出した。どうやら、これがうつ病の 寛解のように思えるのだが、どうなんだろう、また鬱の波にのまれる時が来る のだろうか。

これからも服薬と規則正しい生活を続け、ペースを 崩しそうになったら、自ら生活をリセットする という路線でさらに進んで行きたい。

しかし今なお薬と、生活を立て直すための主治医との対話は欠かせない。まだ 依存しているのですね、主治医には。(薬は依存というより、急にやめると リバウンドが来るので、再発防止も兼ねて服用を続けているわけです。)

本当に自立できる日は来るのでしょうか。



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Author: Kyoko Rikitake

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