さすがに学年末は忙しい。学年末試験の採点の真最中といいたいのだが、 まだ一枚も見ていない状態。追試(口頭試験)の該当学生を今月末日までに 掲示すると言っておいたのだが、とうてい間にあわない。明日掲示を出し て、私と「マンツーマンの追試」該当者は2月5日までに掲示するという変更 を加えることにした。ふぅう。しかし2月4日までに修論を読まないといけない。 私の指導学生さんの論文ではないので、ちょっと苦労しそうだ。
共同研究に関し、先週さんざん走りまわって、リサーチ・アシスタントを 探し、スタッフ(私以外の教員はすべて外国人)でだいたいの共通テーマを決め た。 ちなみに、私が"unser gemeinsames Thema"(私たちの共通のテーマ)と苦 しいドイツ語で言ったのを)\"das "Uberthema" とオーストリアの先生が名付けてく れたが、ドイツ語らしい良い表現だと思った。次々と合成語が作れるところが ドイツ語の学習を困難にさせる面倒さであり、同時に面白さでもある。
しかしこの共同研究は、来年度のものである。(鬼が笑う) まだ今年度の分
が公刊されていない。もっとぶっちゃけた話、私は来年度のテーマについては
書く内容をかなりしっかり押さえているのだが、
御無沙汰の長い言い訳になりましたね。本題に入りましょう。いや、本題の
まだ前置き。
多忙だった先週の水曜日に、ドイツ語の比較的若い教員と外国人教師でやっ
ているマルチメディア授業関連の研究会に出てみたのだが、私が不在であった
三年間の技術の進歩と、それにともなう繁雑さにびっくりしてしまった。
DV(Domestic Violence のことではありません Digital Video です。)カ
メラを使って撮影した動画を切り貼りしたり、データ圧縮したり、字幕を入れ
たり、コマとコマの間に別の文字画面を挿入したりできるということだったの
で、サイバーメディアセンター所属の先生にデモをしてもらった。ちなみにこ
のセンターこそ、かつて私がちゃんと常勤の人員つきでの設立を切願していた
もの実現なのである。
そのデモであるが、現在では最高速といわれるソニーの某マシンに高価な
ソフトウェアをインストールして行なわれた。我々の様子を4秒間撮影したもの
をあれこれいじっていたのだが、かつて私がデモの時に泣かされていたこと ---
その時になって急にマシンがうまく動かなかったり、何か作業しようとする
と、さらに新しいバージョンのソフトが必要だったり、いろいろとまだまだ勉
強したりお金をかけなければならないことが山のようにある --- という状態
に陥ってしまった。もちろん我々のチームなら何でもやれると思う。メディア
センターの専属スタッフががっちりサポートしてくださるだろうし、あまり心
配はしていない。
できれば、私もそういう先端技術の恩恵に浴したい。が、私は必ずひと世
代前のよくこなれた、あるいは枯れた技術とこれまた一年以上前に出てバグ出
しの完了しているハードウエアを使うことを絶対的条件としている。新しいも
のにはたいていバグがあったり、ソフトどうしの相性が悪かったりする。
最新のものに飛びつかないのは、大変難しい資格である
最新の技術の一端に常に触れつつも、ひとつ前の技術でもってあまり苦労しない
で仕事しようと考えるのです。ずぼらですね。
で、先日のデモ兼勉強会では大いに脳味噌を刺激され、自分もやってみた
いという気にはなったのですが、私にはせいぜいDVカメラで撮ったものを、あ
まり大きく加工しないでVHSに変換して授業で使えればそれでいいんじゃない
かと思ったのです。音声に関しては我が家でも相当編集、加工技術を習得し
ており、私ですら操作できるのですが、やはり動画はむずかしい。それを
さらに RealVideo で動かすとなると、いったいどれくらいの帯域が必要
になるやら?
気持の上ではとても高揚し、うーん、やりたいぞ、でもちょっとマシンが
なぁ...マシンの共用は最小限にしたほうがいいし、かといって最高速マシン
を個人で買うお金も必要性もないし...などと考えながら画面を見ているうち
に何だか目の前が明るくなって黒い星が飛びはじめて(医学的には「閃輝暗点」
現象という)しばらくして吐き気が始まり、猛烈な片頭痛が始まってしまいま
した。ひと区切ついたところで、ちょっと席をはずし私の飲み残しのコヒー
で片頭痛薬を服用。最近抗うつ剤(アナフラニール)の一日量を倍増してもらって
以来、ほとんど片頭痛は出なくなっていたので、うろたえました。
片頭痛は翌日の木曜日も続き、まさに薬漬け状態で仕事をしました。(ミス
をしているんじゃないかな、あの状態では。)しかも困ったことに「うつ症状」
が出始め、茶碗を洗うのもしんどいので、私あての電話もすべて断ってもらうなど
してその場をしのぎました。
金曜に神経科を受診し、主治医に話してみました。すでにうつ病は寛解しており、
もはや心身の不定愁訴はほとんどなくなっていたので、どうしたのだろうと
うかがってみました。
主治医はそのコンピュータ・デモの件にふれました。確かにその途中から
片頭痛が始まり、それも吐くほど激しくなり、さらにうつ状態が発現したのは
事実です。が、私本人としては、デモ中全然不快でも不安でもなく、「こうい
う技術を使えるといいなあ」と素直に思っていたのです。ただ、今すぐそれに
着手しようとは思いませんでしたが。
意識の表層では、全然何も恐怖も不快感もないのに、どうして???
そこで出てきたのが本日のテーマの「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」
という医学用語です。ひどいショックを受けたり、死に瀕するような
危険にさらされたりした人が、そのショックや危機を脱してからも時々
激しい精神障害の状態になることのようです。詳しくはいつものDr. 林の
ページの
心的外傷後ストレス障害を参照してください。
私はPTSDは元はといえばベトナム戦争に従軍した兵士に起きた精神障害という
ことは知っていました。さらに過去に実父によって辱められていたとか、それ
こそ昨年9月11日New Yorkのような事故を目撃して極限までのの恐怖にさらさ
れたようなケース、あるいは阪神淡路大震災でかろうじて生き残ったというよ
うな例ならわかります。しかし私が何で ああ、やっと気がつきました。私が精神の崩壊を体験したのは4年前の12月
のことでした。あの時の記憶が突然 診断結果は、
復職して無事一年を乗りきったと思って気がゆるんだのかと思ったのですが、
やはり言われてみれば、フラッシュバックの可能性は非常に高いです。
意識の表層では何も感じていないのに、意識の下では確実に疼いている傷が
あり、それがフラッシュバック現象として時に噴き出すことがあるわけです。
主治医からのドクター・ストップも出たことだし、やはり私は単純に授業
にメールとホームページを使いデータ処理にはawkとかsed程度のプログラムを
我が家の「技術士」どのに書いてもらって(自分でプログラムを書くのも禁止)
使い、あとは学生の「学芸会(ドイツ語バージョン)」を撮影して少しだけ編集
して、学生にはドイツと日本ではコトバだけでなく、言語使用時における身体
活動(つまりジェスチャー)も異るのだということを理解させようと思って
います。これなら PTSD には陥らないでしょうから。すべて枯れた技術
ですから。
おそろしく長いしかも冗長な文になりましたが、要するに私はうつ病は寛解
してもまだ「心的外傷後ストレス障害」という後遺症があるのだということ
を身をもって知りました。
精神の世界というのは不可思議なものであります。
Author: Kyoko Rikitake
<malte@k2r.org>PTSD?
PTSD、コンピュータに関しては最も基礎的な使いかたをする
以外、また私がすでに習得している範囲での利用をする以外のことには参加し
てはならない。
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