ようやく私も html-helper-mode の恩恵に浴することが出来るようになりました. 最初に教えて下さった江口さん, ありがとう.いつものことながら,「つれづれ日記」にもお世話になりました.
しかし,こういう便利なものを使うと,もうほとんど自分で何も考えられなくなるような不安が... その前にコマンドを覚えなくてはならないのだけど.今 help を見ながら片っぱしからコマンドを試してみているところです.
こういうツールに依存しはじめると,もはや mule 以外のエディターを使うのが億劫でたまらなくなるんじゃないでしょうか? ひょっとしてあなたは emacs 依存症ですか?
上記のアンケートフォームもhelper-modeで作れてしまいました.でも,emacs-helper-mode をインストールするのに本当にヘルパーを頼んでしまったのが情ない.自分でやれよ,って.
lynxで表示がおかしくなる件,たくさんの情報,アドバイスをありがとう ございました.いくつかの側面から考え,やはり curses の日本語取り扱いの 問題で,画面表示幅に依存しているらしい,という結論に達しました.これ, lynx の日本語版カスタマイズをされた方に報告とお願いをしようかと思いま す.
この10月9日でもって連載を終えた日経新聞朝刊の連載小説,渡辺淳一氏の 「失楽園」はおそろしくヘビーだった.閑職へと追いやられた初老の男と恋愛 の夢を叶えさせたい女の不倫そして心中の物語と言ってしまえばそれまでなの だが,とにかくその情事の描写がものすごい.ポルノ小説の比ではない.
世間では「チャタレー夫人の恋人」の一部の記述が猥褻であるとかないと か最近まで問題になっていたが,この小説の記述は猥褻とされる用語こそ使っ ていないが,そのヘビーさ(濃さ?)は尋常ではない.よく新聞の連載小説とし て掲載できたと思うほどだ.
ところが,それが猥褻な感情を刺激するか(「劣情を催させる」と言うのだ ろうか?)というと,そうではない.あまりにも解剖的な描写ゆえにかえって全 くエロスを感じなくなってしまう.まるで遺伝子と遺伝子のまじわりを顕微鏡 で覗いて見るようなのだ.それだけではない.「死」のトーンが通奏低音のよ うに奏でられ,読者の脳裏を去らない.
クライマックスにおいて二人は毒杯(青酸カリ入りのシャトー・マルゴー) をあおり,結ばれたまま果てる.
それだけならばありきたりの小説かもしれない.ショッキングなのは小説 の幕切れだ.小説は検死報告によって終る.二人の「死」が,きわめて事務的, 医学的に記述され,それで終りなのだ.死後硬直が最も強い段階で発見された (これはそのタイミングに発見されるよう,二人が仕掛けをしていた.)ために, 二人を引き離すのに男二人がかりであったとか,とにかく何の感情もない報告 書で終ってしまう.
朝食のテーブルで読むにはあまりにも重い小説だった.多分単行本となっ て出るだろうが,読むには覚悟がいる.
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