ここのところちょっとパソ離れした生活をしている。
コンピュータにへばりつかない生活は確かに健康に良い。夜もよく眠れる し、頭痛もやや減ったように思う。しかし考えてみれば、要するにコンピュー タを使わない=仕事を全くしないなので、体がラクになるのは当然だ。
あと、家事がはかどる。普段はめったにできない衣類の整理(コートにブラ シをかけたり、セーターの毛玉取りをしたり...)なんかもマメにできてしまう。
が、やたら買い物が増えているようだ。やはり買いものは「代償行為」な んだろうか。
世間はクリスマスムードいっぱいだ。クリスマスといえば、海外暮しの方々 はどうしておられるかと思う。
家族と一緒ならばクリスマスはこの上なく素敵な休暇なのだが、ひとり者 には実に辛い時だ。
私が海外で過ごしたクリスマスは2度だけだが、あの時ばかりは耐え難いも のがあった。学生寮には誰もいなくなる。最初のクリスマスは北ドイツの人口 70人の寒村で過した。当時の東ドイツ国境に近い村で、東独のテレビ放送が見 られた。友人はお兄さんといっしょに村の唯一のディスコに踊りに行ってしまっ て、私はフクロウのなき声を聞きながら、東独の音楽番組(なぜか指揮者は日 本人だった。)を見てイブを一人さびしく過ごした。
二度めは、修論の最終ラウンド、しかも帰国5日前だったので、学生寮に一 人残って机に向かっていた。もちろん寮は全くの無人である。イブは牧師さん 一家のお家に招待していただき、心のこもったもてなしを受けた。でも、一家 そろって団欒し、プレゼントを交換、そしてお互いに抱きあいキスする姿はた だただまぶしかった。家族っていいなあ、とつくづく思ったのだった。できる ことなら、いつか結婚したいなーんて女の子っぽい願望を持ちましたね。
翌日は別の知りあいのところに招待されたのですが、雪がとにかくひどく てとても出かけられそうにありませんでした。でも、ちゃんと大雪の中を迎え に来て下さいました。看護学生だった娘さんとの会話が今でも思いだされます。
ああ、あの人たちとはみんなどうしていらっしゃるのでしょう。不義理な 私はコンタクトを失ってしまいました。もう15年ぐらいになりますから。でき ることなら、お世話になったドイツの人々に手紙を書きたいと思うのでありま す。
海外でひとり迎えるクリスマスの寂しさは言葉では表現でききないけれど、 でも人の情は本当にあたたかく、いつまでも心に残るものでありました。
しかし、クリスマスが辛いのは海外生活者だけではないでしょう。日本に いても、やはりひとりで迎えるクリスマスや新年は、かなしいものではないで しょうか。