12月26日: 教え子との再会


12月23日に書いた修論 の話には予想外の反応 あり。日記やメールでいくつかのメッセージを読ませていただいた。まあ、こ のページの訪問者には ac 族および元 ac 族がダントツで多いため、当然とい えば当然なのだが。

江 口氏のお話などとてもひとごとではない。

そもそも、機械というのは一番大事な時に限って故障する。提出当日になっ てプリンタが故障したとか、中にはマシンそのものが動かなくなったなんて例 もある。私も紀要論文とか予算の請求などギリギリになって機械の故障であ わてふためいたことが何度もある。

本当に急いでいる時(30分後の会議の資料作成とか)に、ついバックアップ のないマックで書類を作ってしまい、それが自爆して(?)フイになって心臓が 破裂しそうになることがある。あと慣れない環境、たとえば共同利用のマシン も恐ろしい。Windows だったりすると最悪だ。

ところで死ぬほど古い話題だが、いつぞや九州の某国立大学(だったか?)で 1分だけ遅れたために卒論を受理してもらえず、留年したという話があったが、 その学生さんは翌年無事卒業したのだろうか。あっ、これ私より上の年代の人 しか知らない話かもしれません。本文なしの論文を形式上提出して、本審査ま でになかみを用意するというのは、いつごろから一般的になったやりかたなん だろう。少なくとも私が卒論を提出した時にはすでに一般化していたから、15 年前にはあったはず。


上田さんが言及しておられる この記事 に対 して、あまりにも切実なものを感じるので、ちょっと容易にはコメントが書け ないでいる。もうちょっと体調のいい時に書くことにしよう。

私はある事情で院を出てから2年間教職につけず、通訳と翻訳で暮らし、さ らに7年間非常勤生活をしていた。非常勤の持ち駒は週14コマぐらい。一日4コ マの日もあった。それも、西は相模原、東は野田、北(?)は坂戸(南は津田沼か な?)と、とにかく関東平野を走りまわったものだった。件の組合の前身みたい な組織も知っている。

しかし、この記事でちょっと疑問に思うのは、まず専任教員の給料。多分 それは有名私大だからなのだろうが、実際はそんなに高くない。公務員の場合、 全然そんなレベルじゃない。あと、「現在のところ、原則として終身雇用制」 というのもホント?

私立大学こそ、理事長の意向次第で容易にクビにされるんじゃないかと思 うのだが。

まあ、そういう話は記事の本題から離れるのでこれ以上追及しないが、記事 が捉えている問題は本当に深刻である。

話題を無理矢理かえる。

教え子たちとの再会。

教師業を12年もやっているとこれがけっこう楽しみだったりします。

東京時代、町を歩いていて突然昔の教え子に声をかけられたこともあるが、 最近はネット上で再会というのも出てきた。

私が今の職場に赴任して来たのは平成4年4月。はじめての授業は吹田校舎 の工学部2回生のクラスだった。月曜の1時間目という最悪の時間帯。

おそるおそる教室に行ってみると、ゆうに200人は入りそうな大教室に学生 さんがほんの10名ぐらい。教務委員の指示によれば、1クラス60人ほど受講者 を受けつけろとのことだったので、あれーっという感じ。ちなみにうちの大学 のドイツ語のクラスでは2回生はシラバスを見たり、噂を聞きたり、裏本(?)を 見て担当教師を選ぶことができます。

「テクストは洋書で、授業ではドイツ語によるディスカッションを試みま す。」なんてシラバスに書いたのだったかな。これじゃ、人は来ないでしょう ね。でも、人数が少なくてラッキー、なんて思うのは早すぎました。他の先生 のクラスにあぶれた学生さんたちがゾロゾロとやって来て、結局30人ぐらいに なったでしょうか。途中で、「もし朝行ってみたら誰もいなかったらどうしよう」 と不安になったこともあったが、無事一学期間皆勤してくれた学生さんがたく さんいました。後期は受講者倍増。

現在のクラスは60人-75人ぐらいいますので、今に比べればそれでものん びりしたものでした。一人一人の行動パターンまで覚えることができたほど。 毎回コンビニのパンと飲みもの(いつも同じものだったと思う。)を買って机の 上に置いていた学生さんがやけに印象に残っています。

このクラスが、上田さんの後輩たちのいる工学部材料系等だったのです。無事 に進級していれば彼らは今 M2 か社会人2年生。あと、同じ月曜の午後に豊中 校舎で教えたのも、工学部材料系の1回生。彼ら進学していればは今 M1 ですね。

赴任して来た年の5月に結婚して名前が塩川京子から今の名前になりました。

2学期になって

あのぅ、名前が変わったもんで、すみません、受講登録用紙の教官名 のところには「力武京子」と書いていただけませんか。
と言った時の彼らの表情を私は忘れることができません。

まさに

当惑そのもの
でしたね。

女子学生のいるクラスでは、

え、結婚しはったん?
とか言われましたけど、男子学生ばっかりのクラスでは、ひたすら当惑されました。

要するに、この歳で名前が変わったというと、結婚よりも離婚のほうがよっ ぽど多いですからね。男の子のほうが女の子よりもこの手の話題には繊細とい うか、気を使うような気がします。ちがうかな?

その吹田の工学部ですが、だいたい一年おきに行ってますし、豊中でも1 回生を毎年担当しているので、今やずいぶんたくさんの教え子がいることに なります。来年の時間割だと、私の言語文化部担当授業5クラスのうち4クラス まで工学部です。

非常勤時代もほとんどの行き先が工学部か工科大学。まあ、この系統は学 生数が多いので担当がまわってくる確率も高いのですが、それにしても工学系 (あと理学系)にはご縁があります。ちなみに夫も工学部の出身です。あ、関係 ないか。:-)

で、やっと本題。工学(基礎工学を含む)、理学系の場合、今やインターネッ トにつながっているところが多く、実生活では離れていてもネットで再会する 機会ができました。

上田さんとこで、この日記を覗き見している教え子の学生さんとは誰のこ となんでしょう?

また、オフしましょう。でも私はうどんぐらいしか食べられないので、どうしよう。 (;_;)

たこ焼きやさんを借りきって、明石焼食い倒れなんてカッコ悪いわね。せ めて鍋料理かな? はやく何でも食べられるようになりたい!

でも明石焼とかうどん(あ、「うどんすき」ってのがあるな。)オフならも ういつでもオーケーよっ!


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Author: Kyoko Rikitake <malte@lang.osaka-u.ac.jp>
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