『ビジネスマンの精神病棟』 [27-Jan-1999]


表題の書は、浅野誠著、ちくま文庫、583円。

昨日書店で別の本をさがしていた時にふと目にとまって購入した本である。

この本を読むなり、私はショックでしばらく唖然としていた。なぜなら、 著者が18年にわたる精神科医として診察してきた患者たちの例12話のいずれも が、あまりにも身近に感じられ、かつ100パーセント私と同じ症状で倒れて救 急車で運ばれた人の話まであったからだ。

最近「メンタルクリニック」というカタカナの診療所とか、診療内科など を「気軽に」訪れる人が増えているという。AERAでも最近そういう記事を読ん だ。しかし、精神科、神経科となると、どうやら敷居が高いようだ。

「駅前クリニック」(AERAによる名称)や「メンタルクリニック」を受診す る人は比較的軽症の人が多いらしいが、実際のところ、精神を病む人は予想を はるかに上まわるほど多いように思う。自分でとにかくクリニックに行く人は まだ「病識」(自分が病気であるという意識)があるか、「ちょっと変なんじゃ ないか」という意識ぐらいはある。

しかし上記の書に記されているようなケースは、タイトルの示す通り、ま ず企業戦士「ビジネスマン」であり、しかも、圧倒的に四十歳前後の中間管理 職にある人が多い。

彼らの場合は、病識がないか、あるいは仮にあっても、その地位ゆえ精神 科系を受診することを躊躇う人がほとんどである。

そこに悲劇がある。少し早く病気に気づいて治療していれば、あるいは環 境を変えていれば、死なずに済んだのに、と思える人が何人もいるのだ。悲し いことに、ここに紹介された人たちの予後は概して悪い。自殺者も出ている。

心を病む人には、もともとそういう素因がある人もいるだろうが、やはり 環境(家庭、職場など)が原因のことが圧倒的的多数だと思われる。少なくとも 病気の顕在化においては、そうだ。例えばそもそも鬱病的素因のあった人があ る日何事かがトリガーとなって発病する。

以下は『第二話 マノン
[うつ病] 薬品販売会社営業部次長、43歳』

の書きだしの部分である。

「大手薬品会社営業部次長が冷汗をかき、四肢をこわばらせ、涙を流しながら 担ぎ込まれてきた。駅のホームで倒れ、内科に運ばれたが神経的なものだと言われ、 私のいる病院に回されてきたのだ。一見して、不安発作だとわかる。四肢のし びれは、早い呼吸による酸素の吸いすぎによるものだ。」
この部分を読んで私の脳裏にはあの最悪の日のことがフラッシュバックした。

実は私も1997年11月30日、上の引用と寸分違わぬ状態に陥ったのである。

ただ、この薬品会社営業部次長さんと違っていたのは、私には病識があり、 すでに「自律神経失調症、うつ病」という(たぶん仮の)診断名がつけられてい て、無理をせずに働きながら規則正しい生活を送って病気を治す、という治療 方針が立てられ、投薬もなされていたことだ。もっとも、疲労は絶対に禁物で、 ことに精神的疲労は病気を極度に悪化させることを警告されていた。念のため に万一不安発作を起こした時のための頓服ももらっていた。その頓服のおかげ で救急車のお世話にならないで済んだだけのことである。

が、無理をせずに働きながら病気を治すというのはいささか困難で、そも そもうまくマネッジできないでいた仕事があったので、結局私は精神が破綻し てしまった。

上に引用した人は、自分がもっとかまってほしい、打ちとけてほしいと願っ ていた妻が浮気をしているということを知って頭のタガがはずれてしまったの だが、この人は離婚後も結局立ちなおれず、著者(医者)の忠告を無視して酒を 飲み続けているという。

中年になって、ある程度責任のある仕事を任されるようになれば、それだ けでもかなりの精神的負担である。誰かに慰めてもらったり、愚痴をきいても らえればいいのだが、往々にして企業戦士たちは、そうしてほしいと(たとえ ば妻に)あからさまに口にできないし、また相手(妻など)もその必要性に気付 かない。

ひとの心は本当にもろいものなのだ。それだけでなく、成長の過程におい て何らかのトラウマをかかえていることもある。(上記の書には、子供の頃に 負った心理的外傷が後の精神病に発展するケースも書かれている。)いつトラ ウマが心を引き裂き、精神を崩壊させるかわからない。ましてや周囲の人間と の関係が円満でない場合はなおさらだ。

私は、長い入院生活を経て今自宅療養の身だが、復職したいと思っている。 しかし今なお、すでに四十代の自分は責任ある仕事が本当にできるだろうか、 研究者として教育者としてやって行けるだろうかという不安が消えることは一 瞬たりともない。そういう不安を抱くこと自身、私がまだ心を病んでいる証拠 なのかもしれない。とすれば、何時になったら私は心の病が癒えるのであろう か。

私にとって最悪のあの日のフラッシュバックは、現時点においても「うつ 症状」に陥る原因となっている。

実のところ、昨日この本を買って読みはじめ、心にまたあの 「暗い雲」が立ちこめてきた。 そして今日は何と午後4時まで起きることも動くこともできないでいたのだ。 (もっとも、起きられなかったのは昨日遠出をして疲れていたせいかもしれな いが。)

上記の書を読みながら、私はひどく感情移入をせざるを得なかったのである。 やはり私はまだ鬱病が完治していないのだろうか。


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Author: Kyoko Rikitake <malte@k2r.org>
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