
「男は女を捨てた」,「女は男を捨てた」,英語で書くならばまず混乱の 余地のない文が書けるだろう.
これをドイツ語で書こうとするとちょっと考えなくてはならない.ドイツ 語は語順がかなり自由なので,目的語を文頭に置くこともめずらしくない.そ うなると,2番目に動詞(または助動詞)を置くという原則により,主語は3番目 にズレこんでしまう.だから,主語が倒置された文は全然めずらしくない.
では,「男が女を捨てた」のか「女が男を捨てた」のか,どう区別するの か?
語順からこの二つを区別することはできない.ここで必要になるのが「格」 である.目的語のほうを4格に,主語は1格だ.この格ってやつが初心者にはわ からない.説明に苦労する文法事項のひとつだ.
何でこんな話を書いているかというと,外国語教育において私の考える最 も大事なことは何かについてちょっと触れたいからだ.夏休み明けすぐに期末 試験を行なうので,さかんに学生さんが迫って(?)来る.そこで私自身の授業 の趣旨,私の外国語に対するスタンスというものを明らかにしようと思うのだ.
ドイツ語を教える場合,一応一年で文法を終えるというのが不文律だ.が, ドイツ語の文法法則を単に丸暗記しただけでドイツ語が使えるようになるわけ ではない.だいたい,名詞にはすべて男性,女性,中性という性があり,複数 形もいろいろなパターンがあるってのがすでに嫌になるほど面倒だ.おまけに, 上記のような「格」が4つもあって,使いわけなくてはならないのは苦痛だろ う.前置詞も特定の格を要求するとか,もうたくさん,と思うような規則があ る.
文法のクラスを担当した場合,仕方がないのでせっせと法則の説明をやり, 学生には問題をといてもらう.が,それ以外(読みもの,2年生のクラス)では 私はそういう授業はあまりやらない.
もしドイツ語を使わねばならないシチュエーションに陥ったとき(英語の通 じない国や地域,あるいはコミュニティーに行ったとき)何が絶対必要か?
私の授業目的はこれに尽きる.
夫は先日カナダのモントリオールに出張した.フランス語圏である.彼は 中学,高校,大学でフランス語をやっていたが,悲しいかな,ペーパーフラン ス語である.(これは私の「ペーパー英語」と同じだ.)だから,読むほうは達 者だが,人の言っていることがなかなかわからないという.それでずいぶん苦 労したらしい.それについては, こちらの記事を参 照して下さい.
買物をするにも相手の言っている値段がわからない.数字をうまく言えな い.時間の表現がむずかしい.レストランに入ってもメニューがわからない. さまざまな標識(東西南北,入口,出口,etc.)がわからない.お店に入っても, 挨拶もできないで不気味な日本人というレッテルを貼られる.これでは,観光 旅行なんて台なし!!!
で,私は絶対的に外国語で時間,数字,値段,メニュー,「...が欲しい」 という表現を覚えてもらうことにしている.これは以前に書いたネタだ.
さて,次に文法だが,少々間違っていても言葉なんて通じる.外国語教師 がこんなことを言うのは適切でないのだろうが,あえて言う.男性名詞に女性 名詞の冠詞をつけてもまあ,あまり誤解は生じないだろう.
が,いくつかそうでないケースがある.さっきの「男が女を捨てた」か 「女が男を捨てた」かは,語順によってではなく,格によってどっちがどっち を捨てたかが規定されるので,両方を同一格にされると意味がわからない. 捨てるほうが1格,捨てられるほうが4格でなくてはならない.
これは単なる一例だが,文法事項にはまあ,間違えても何とかなるものと,間 違えると誤解を生じたり,意味不明になるものがある.私はその点を何よりき びしく注意する.
私のクラスでは,少々破格の文を書く学生でも,ちゃんと意味が通りさえ すれば,合格してしまう.一方,文法規則を隅々までちゃんと理解していない と合格点を出さない先生もいる.基本は完璧に理解しているに越したことはな い.が,それが必要十分条件ではない.文法の基本はわかっているのに,外国 で貝になるしかない,あるいは謎の微笑をうかべた変な日本人になるしかない のでは教養としての外国語教育の意味がないではないか.私は「ペーパードイ ツ語」しか出来ない学生を作りたくない.自分の英語が受験には強かったが, コミュニケーションにはいまだに弱いという不完全なものだっただけに,学生 にはこの轍を踏ませたくない.
私の場合,他のクラスで落第した学生がけっこう容易に及第してしまうこ とがある.それは上の「実用」を満たしているからである.あと,けっこう無 茶苦茶だが最低限のコミュニケーションが出来るからだ.決して甘やかしてい るわけでもないし,高ゲタはかせをしているのでもない.(たまにゲタやはか せるかも.)外国語学習の成果に関する評価のしかたが少し違うだけなのだ.
逆に他で「優等生」であった学生が落第することがある.ま,多くは授業 に来ないからだが,インターラクティブな授業というのが嫌いな学生は私とは 相性が悪いようだ.黙ってノートをとるだけで指名されたくない学生は私のク ラスを嫌がる.
残念に思うのは,「力武の授業は取りやすい」というガセネタを流される ことだ.取りやすいのではない,評価の仕方が違うだけだ.一度これを学生の 裏本(教師の特徴などを書いた本)に書かれたことがあり,受講希望者が爆発し たことがある.結果は,1/3の学生が不合格になった.なぜなら,彼らは私の 授業の趣旨を理解せず,単に取りやすいとナメたからである.さて,今学期は どんな結果が出るか.9月が楽しみだ.
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